更に数合切り結んだ後、ハンベエは反射的に振り向き様の左手片手突きを った。まるで合わせ鏡のように、テッフネールも寸分違わぬ動きをして き返して来た。二人の刀が相交わり、弾けあって体の外側に流れた。ハン ベエの刀の切っ先がテッフネールの前腕を削った。同様にテッフネールの の切っ先もハンベエの左の前腕を削る・・・・・・はずであった。胃鏡 » しかし最初に説明したように、この日のハンベエは頭に鉢金までした完全 装であった。腕には鉄板を張り合わせた腕貫(うでぬき)をしていた。 ッフネールの切っ先は鉄板の上を滑り、ハンベエに傷を与えられなかった 。「むっ。」テッフネールは左のカイナから流れる血に顔をしかめた。さ ど深い傷ではない。血こそ流れているが、左手が動かせなくなるほどの では無かった。が、その後の数合の斬り合いに微妙な変化が生じた。ハン ベエの刃がホンの僅かであるが、テッフネールの体を斬り裂いたのである と言っても、ハンベエも又同時に同程度の傷を身に負ったのだが。今ま 紙一重で躱され、かすり傷一つ付けられなかったハンベエにとって、糸筋 ほどの傷とは言え、それは大きな前進であった。何故なら、テッフネール 完全な間合いの支配を打ち破った事になるからである。(手傷を受けて きに鈍りが出てしまってござる。このまま斬り合いを続ければ、相打ちか 。 )テッフネールは状況をそう感じた。その時何故か、テッフネールの脳裏 突如太后モスカと寝間で過ごした一時の光景が掠めた。いかん、いかん ござる。このような時に、詰まらぬ雑念が。)我知らずテッフネールは焦 った。古来、戦に赴く男に対して、女性と交わる事を忌む発想がある。そ いう事の後で戦に臨んだ場合、意外な不覚を取る事が有るというのであ 。その理由は未練が残る為とも言われている。しかし、兵士の考えは様々 であろう。むしろ、明日なき命、この世の名残にと積極的な輩が多いので ないかと気もするのだが。その考えが正しいのか間違っているのかは分 らないが、この時、千軍万馬の古ツワモノ、テッフネールをして、俄かに 未練の心が涌き起こった。命が惜しくなったのである。と言っても、臆病 に吹かれたと言うようなものとは違っていた。このまま相打ちで果てて 詰まらない、と感じたのだ。ハンベエを討ち果たし、王女エレナを攫って 戻れば、太后モスカがただ利用するだけの為に甘言を弄していたのだとし も、よもやこの身を悪しうは扱うまい。その上で、モスカの権勢を背景 ステルポイジャンらと権力争いをしてみるのも面白い、とテッフネールは 突然思い始めていた。ハンベエが最初に仕掛けた『ステルポイジャンから 知らせ』を馬鹿馬鹿しいと鼻で嘲笑(わら)って見せたが、テッフネー は意識下で発酵しつつあったステルポイジャンへの反感を増幅させていた 。(相打ちは詰まらんでござるな。それにこのような雑念の混じった心の 態では、この若造相手に不覚を取りかねないでござる。)テッフネール 一瞬の内に、この勝負を捨てる事を決めた。遺恨十年一剣を磨き流星光底 長蛇を逸す(頼山陽―川中島の戦い)このテッフネールの心の葛藤の瞬間 そ、ハンベエにとっては攻撃すべき隙であったろう。だが、流石のハン エも目の前に対峙しているテッフネールの心中で、そのような煩悩が渦巻 いていようなどとは全く読み取れなかった。外面的には一部の隙もないテ フネールであった。テッフネールが剣尖を上げて一歩前に出た。ぞわっ とハンベエを取り巻く空気が変わった。(又、金縛りか。)
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